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コラム

【コラム】疾患ゲノム研究の最前線


近年、日常診療において、ゲノム研究の重要性はますます高まっています。

疾患研究の難しさは、同じ診断名であっても、患者さんごとに発症様式や進行速度が異なり、その背景にある病態も一様ではない点にあります。脳神経領域でも、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症などと臨床診断されていても、その原因となる分子病態は患者さんごとに異なる場合があります。

従来のエクソーム解析やショートリード全ゲノム解析は現在でも重要な技術です。一方で、反復配列の伸長、構造異常、コピー数変化、複雑な遺伝子領域の解析には限界があります。近年注目されているロングリードシークエンスは、長いDNA断片を読むことで、これまで見えにくかったゲノム異常をより直接的に捉えることを可能にしています。

名古屋大学神経内科学では、名古屋大学環境医学研究所と連携し、神経疾患や筋疾患を対象として、ロングリード全ゲノム解析、Iso-Seqによる全長RNA解析、メチル化解析、メタゲノム解析などを組み合わせた研究を進めています。DNA配列の変化だけでなく、それがRNAのスプライシングや発現、タンパク質、細胞機能にどのような影響を与えるのかを、多層的に理解することを目指しています。また、海外のゲノム解析センターとの共同研究により、日本の患者さんから得られた臨床情報とゲノム情報を、国際的な大規模データと統合・比較する取り組みも進めています。

ロングリードシークエンサー(名古屋大学環境医学研究所)

ゲノム研究は、診断にとどまりません。患者さんごとの原因変異に応じた個別化医療や、世界にごく少数の患者さんを対象としたN-of-1治療の実現も、現実的な課題となりつつあります。特にアンチセンス核酸医薬は、RNAのスプライシングや発現を制御できる治療法として注目されています。原因となる遺伝子変化を正確に同定し、その影響をRNAやタンパク質のレベルで確認することは、将来の治療戦略を考えるうえで重要な基盤になります。

一方で、現代のゲノム研究には、臨床医学だけではない幅広い力が求められます。RやPythonなどのプログラミング言語、GPU/CPU計算機クラスターなどの大規模計算基盤、MySQLなどのデータベース管理、Cromwellのようなワークフロー管理システムを活用することで、数百例から数千例規模のゲノムデータを再現性高く解析することが可能になります。さらに、大規模データを安全に送受信する通信技術、個人情報を守るセキュアな解析環境、ゲノム解析機器そのものへの理解も重要です。

私たちが特に大切だと感じているのは、ひとつひとつの症例をじっくりと丁寧に診る臨床の視点と、大規模データを俯瞰し、そこから意味のある情報を迅速に読み解く情報解析の視点の両方を持つことです。患者さんのわずかな症状の違和感から病態の糸口を見つける力と、膨大なデータの中から疾患に関わる意味のある変化を見出す力は、互いに補い合うものです。

ゲノム研究の広がりは、医学や生物学の中だけに収まりません。アンチセンス核酸では化合物の修飾や安定性を考える化学的な視点が必要ですし、マルチオミクスではタンパク質や代謝物を理解するために有機化学や分析化学の知識も求められます。さらに、国家ゲノムプロジェクト、ゲノム医療政策、薬事、製造、創薬の市場性まで、視野に入れるべき領域は広がっています。ゲノム研究は、臨床医学を出発点としながら、生命科学、情報科学、工学、化学に加え、倫理、法制度、医療政策までを横断する総合的な営みになりつつあります。

一昔前であれば、原因不明の疾患は、わからないまま経過観察するしかないことも少なくありませんでした。しかし現在は、ゲノムを深く読むことで新しい診断に近づき、その先に病態解明や治療開発を見据えることができる時代になっています。一方で、最新技術を無条件に過信することはできません。得られた変異が本当に病気の原因なのか、臨床像と矛盾しないのか、患者さんやご家族にどのように説明するべきかを、慎重に考える必要があります。

ゲノム研究の最前線とは、単に新しい機械や解析手法を使うことではありません。患者さんの診療で生じた疑問を出発点に、分子レベルの理解を深め、将来の治療へとつなげていくこと。そのために、病院と研究室が地道に、そしてひたむきに積み重ねていく不断の努力そのものだと考えています。

文責:ゲノムグループ

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